定年前にして惑い未だ天命を知らない

定年前のアラフィフおやじの呟き、思ったことを綴る

  検索 Search Engine

実録:COCOAが鳴り、PCR検査を受けた女(その1)

 

この内容は、実際にあったCOCOA対応を元に書きました。

コマかなところは割愛していますし、大げさに書いているところもあるので、フィクションだと思ってください。

 

Act1 職場での会話

9月14日月曜日早朝。COCOAが発報

最近、政府の新型コロナウイルス感染拡大防止のための接触アプリ「COCOA」のCMなどを見かけるようになり、凛々子(仮名)の職場でも数日前にCOCOAを自分の携帯にインストールするかが話題になっていた矢先だった。

自分の携帯電話の画面を差し出しながら、朝、そんなに大したことがない様子で、凛々子(仮名)は誰にともなく笑いながら話し出した。

「陽性者との接触確認がCOCOAから送られてきたんですよね。そういえば朝から喉が痛いんですよ。なんでこんなタイミングで喉が痛くなるんだろう。」

最初は笑って話していたが、表情は真剣なムードに変わっていく。

新聞を読んでいた物知りの野々宮係長(仮称)がニュースで聞いたことを話しだす。

COCOAは陽性者との接触を知らせるプッシュ通知があっても、アプリ上で接触が確認できない不具合(バグ)が報告されていたので、凛々子さんもそのバグじゃないの?携帯のログやいつ陽性者と接触したかを確認したらバグかどうかわかるらしいよ」 

凛々子は携帯でCOCOAを操作しだす。COCOAの「陽性者との接触確認一覧」ボタンを押してみて、驚いたように野々宮係長に向かって発言する。

「過去14日間の接触として「2020年9月3日 1個」と陽性者との接触確認が記載されています」

実は凛々子は家でも、このボタンを押して確認していた。少し不安になったが、熱もないので大丈夫だろうと思って出勤していたのだった。

「もし今、私が陽性者になったら、職場のみんながPCR検査を受けないといけなくなって、みんな2週間休むことになるんですか。」

野々村係長は少し真剣な表情になり、焦り気味に凛々子に話しかける。

「バグじゃないみたいやね。とりあえず9月3日にどこに行ったのか思い出してみて」

 野々宮係長との話を聞いていた田端課長(仮名)がインターネットで調べたことを話し出す。凛々子を安心させようと思っての配慮だが、周りには無責任にも聞こえた。

接触した日が9月3日やろ。かなり日にちが経っているので、もう大丈夫じゃないの」

 凛々子は9月3日の行動を確認して、保健所に連絡する。

 携帯電話の行動記録を元に考えてみても、怪しいのは美術館に行ったことくらいだった。どうしても見たい企画展があって、この日は早退して見に行ったのだ。

「9月3日に接触確認が出たということですが、どこかで陽性者と接触した可能性のある行動をしましたか」

 保健所の方の話し方は機械的だった。COCOAが広報されてから、このような問い合わせが多いのだろう。

 凛々子は特に不安を感じることもなく説明した。

「9月3日の行動で人と接触したのは職場と自宅だけで、陽性者とは接触していません。ただし、午後から休みを取って美術館に行ったので、美術館に行った方で陽性者が出たのなら、そこで接触者になったのかもしれません。でも1人で行ったので美術館内で話した人は1人もいませんし、会場は混んでいなかったので1m以内に近づいた方はいなかったと思います」

凛々子は何か誰かに言い訳をしているような気分になった。やはり陽性が出ると怖いという思いがそんな気分にさせるのだろう。

Bluetoothを使った接触確認アプリなので、何らかの誤作動が起きたのかもしれませんね。
 症状がないのであれば大丈夫だと思います。ご希望されるのであればPCR検査を受けることができます。PCR検査を受けない場合も、念のため、家庭内でもマスクを着用して、家族内感染を防ぐ行動をしてください。家族の中に高齢の方や既往症の方はいらっしゃいますか。」

凛々子の頭に高齢の両親のことが浮かぶ。

PCR検査は受けなくて大丈夫です。父と母と同居していますが、二人とも高齢なので気を付けて行動します。何かほかに気を付けることはありますか。」

凛々子は、PCR検査を受けて、もし陽性が出た方が他の方に迷惑をかけるような気がして、検査は受けないことにした。

でも、もし両親に移したらどうしよう。高齢者がかかると重症化になる可能性が高い、ということが不安になって、気をつけないといけないことを保健所に問いかけた。

「行動記録を聞いた範囲では心配ないと思いますが、現在、喉に痛みがあるということなので、しばらくは両親と食事の時間をずらしたり、家の中でもマスクを着用したりして、感染防止のことを頭に入れて行動してください。」

 今度は親身になった表現で保健所の担当者は返答した。

 電話を切ると、凛々子は職場で空元気を出して皆に聞こえるように説明した。

「症状がなくて思い当たるところがないのであれば、とりあえず様子を見ようということになりました」

 野々宮係長も少し喜んでいる。田端課長は当たり前だ、といった表情だった。

 凛々子は「これで良かった」と思っていた。

 

Act2 9月15日(火)COCOA発報翌日

 翌朝、時差出勤の早出担当の本村が新聞記事のチェックをしていると、凛々子から電話がかかってきた。かなりのガラガラ声だ。

「ちょっと喉が痛いので、今日休ませてください」

 本村は、こんな喉ガラガラの人に「それでも来い」なんていう人はいないと思うので、電話をかける意味はあるのかいつも疑問を感じている。LINEで「休みます」と送ればいいのではないか。ミレニアム世代といわれる年代だからそう思うのだろうか。

 本村は自分より少し遅れて出社してきた野々宮係長に凛々子の休みを告げる。

「了解です。早く治るといいね」

 誰も前日にCOCOA騒ぎがあったことなど気にもしていなかった。

 その頃、凛々子は自宅のベッドの上で寝込んでいた。季節の変わり目には時々風邪をひいているので「今回もきっとただの風邪ね」と思いたかった。

とにかく早く治して明日は出社しよう。そうでないと本当にコロナと思われるかもしれない。

 しかし寝ているといろいろと考える。

 もし自分がコロナだったらどうなるんだろう。

 自分の机は間違いなく消毒される。

 きっと向かいの席にいる新井さん(仮称)がアルコールをつけて拭くのかな。電話機、入口のドアのノブ、コピー機、エレベータのボタンも新井さんが拭くのかな、などと考えていた。想像の中では新井さんは足から頭までスッポリと入った白い防護服を着て完全武装している。新井さんが机の二番目の引き出しを引いたら、中に入れていた太鼓せんべいが飛び出す。するとすかさず、何故かコロナの取材に来たテレビ局がそれを撮影している。

「えーっ、やばい」

凛々子は寝ていたのに飛び起きた。そういえば昨日、賞味期限ギリギリの生菓子を一口だけ食べた。その食べかけの生菓子を引き出しに入れてたんじゃなかったかな。

歯形や口紅が付いた生菓子の食べかけ。課長が急に話しかけてきたから、食べるのを途中でやめて、そのままにしていた気がする。やばいなぁ。だらしない女の子と思われたらどうしよう。

この日、こんなことを考えていたら、全然眠れなくなった。

治って出勤したら、全員が濃厚接触者でPCR検査に行っていて誰もいなかったり、私が広めて全員が検査で陽性になって入院したらどうしよう。

考えだしたらキリがない。

 

Act3 9月16日(水)COCOA発報から3日目

 起床。凛々子は、いつの間にか眠っていた。昨日、微熱で痛重かった頭はスッキリしている。熱を測ると36.5℃。平熱だ。

しかし凛々子の頭の中には昨日の想像がまだ残っている。これまでの新型コロナの発症者のデータを見ても、一度熱が下がって、その後、発熱したケースが多くみられる。頭の中では、陽性者かもという疑いを晴らすことができない。

自分が出勤して感染を広げたくないという思いもあって、今日は休むことに決めて職場に電話をかけることにした。

「すいません、凛々子です。本日、熱は下がったのですが、念のためにもう一日お休みをいただけないでしょうか」

電話に出た野々宮係長、一昨日のCOCOA話を思い出し、凛々子の感染のことが少し心配になる。

「凛々子さん、今日休むのは大丈夫ですが、もし良かったらPCR検査を受けに行ったほうがいいんじゃない」

 凛々子は、本当は自分もPCR検査を受けたいのだが、もしも陽性だったら、という不安で少し意固地になっている。そしてあえて元気な声で返答する。

「熱はないので大丈夫です。よろしくお願いします」

 凛々子は電話を急いで切った。これで大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせた。

「陽性かもしれないが、検査しなければわからない。確定させたくない」

 

 電話の後、野々宮は少し不安になっていた。これで感染者が広がったらPCR検査を受けさせなかったことが問題になるかもしれない。そしてもし感染が広がったらどうなるんだろう。凛々子が出勤した後、職場内で陽性者が出た時に、濃厚接触者として凛々子がPCR検査を受けて陽性だったら、どちらが感染させたのかも不透明になる。

 新型コロナウイルスは誰でも感染する可能性がある病気だ。ここは検査を受けてくれと言ったほうがいいだろう。

 

 野々宮は緊急連絡網に掲載している凛々子の携帯に電話をする。

「凛々子さん、野々宮です。さっきの件だけど、PCR検査を受けてもらいたいと思っています。発熱したこともあるので、保健所に連絡して、PCR検査を受けれるよう調整してもらいたいんだけど。」

 凛々子も、本当は受けるべきだと自分でもわかっているのだが、不安が高まり一層意固地になった。

「お断りします。保健所からは、様子を見てくれ、と言われました」

 PCR検査の受診は強制できないが、野々宮はあえて強く発言した。

「気持ちはわかるけど受けてください。そうでないと明日から出勤はしてもらいたくない。ほかに感染者が出た時には、凛々子さんのことを情報提供することにもなるし、昨日発熱があったのなら2週間休みを取ってもらうことになるかもしれない」

 野々宮係長は、今度は強く発言した。

 

 凛々子は自分のことだけを考えていて、他の人のこと、職場のことを考えていなかったことに気づき、ハッと我に返る。

「そうですね。わかりました。保健所に予約が取れるのか相談してみます」

 

 しばらくして凛々子から電話がかかってくる。

「野々宮係長、今、保健所の方と話したのですが、私は車を持っていないので受けることができません。私の自宅近くにPCR検査ができるところがなく、ドライブスルー方式のPCR検査センターにも行くことができません。公共交通機関やタクシーは使わないようにと言われました。どうすればいいんでしょうか。」

 すんなり話が進まなかったので、また凛々子が頑なになっているようだ。野々宮は思った。せっかく意固地な気持ちが溶け出したはずなのに・・・。

野々宮は決めた

「じゃあ私が送っていきます。もう一度保健所に電話して時間を予約してください。」

 野々宮は会社に休みを出して通勤用の自分の車で送っていくことに決めた。当然、後部座席と運転席の間仕切りはなく、「なんでコロナの人を乗せたの」と野々宮を怒る奥さんの顔が思い浮かぶ。とりあえず奥さんには今日のことは黙っておこう、と心に決める。

 

Act4 PCR検査

 「検査は今日の午後14時からに決まりました」

 凛々子から電話がかかってきた。

 野々宮は待ち合わせの場所を決めて、田端課長に午後からの休みを告げた。

 午後の仕事を切り上げるために、午前中に自分の仕事を整理した。

 消毒用アルコールとタオルを準備して、とりあえず凛々子の机の周りと、コピー機、ドアノブなどを拭き上げた。

 車に乗るととりあえず後部座席とハンドルなどをアルコール消毒した。

 事前に消毒する必要はないとわかっているのだが、野々宮にも少し不安感があったのだろう。

 「すいません。ありがとうございます」

 時間通りに凛々子が待ち合わせ場所にやってきた。今日は熱もないとのことで普段着だ。マスクをしていることもあって化粧っけはない。俺は凛々子の対象外なんだろうな、と既婚者の野々宮は思った。

 検査場所はコロナ外来を持つ指定病院。指定病院の場所は一般には公開されておらず、保健所への相談をした際に、自宅になるべく近い場所を教えてくれるそうだ。

「新金田病院で良かったんだよね」

 野々宮は凛々子に確認する。

「そうです。時間を守って行って欲しいと保健所に言われました。そして駐車場に入る前に事前に電話をして欲しいとのことでした」

 凛々子の声は落ち着いている。女性は、いざとなったら腹が座るのかな、と野々宮は思った。

 野々宮は全ての窓を全開にして、エアコンも外気を取り込む設定にして車を走らせた。

しばらく走ると病院の駐車場の前に到着した。念には念を入れる野々宮の性格から、かなり早めに凛々子を迎えに行ったため、30分前に病院に到着してしまった。

「かなり早いけど大丈夫かなぁ。凛々子さん、病院に電話してみてください」

 野々宮は心の中で

「しまった。車で30分待ってくださいと言われたら、俺、凛々子と狭い車の中で2人きりになる。濃厚接触者になるかもしれん。奥さんに怒られるだろうなぁ」

と後悔の念が...。

「はい、駐車場に入っていいんですね。そして・・・」

 凛々子の電話のやり取りを聞いて少しホッとした。駐車場の中に入っていいようだ。

 野々宮はゆっくりと車を進めた。

「野々宮係長、駐車場に入って、突き当りを右に曲がって、また突き当りを右に曲がってください」

 スマホを耳に当てながら凛々子が野々宮をナビゲートする。

すると病院の建物の脇に運動会で使うようなイベント用のテントが張ってあり、中には医療用ガウン、N95マスク、フェイスシールドを付けた看護師数名が検査の準備をしていた。

「凛々子さんのところの窓から検査するのかなぁ。」

 野々宮が凛々子に話しかける。既に凛々子はスマホを耳から離し、電話を切っていた。

 そうしているうちに中の看護婦の一人が車に向かって来て、後部座席にいる凛々子のほうに近寄ってきた。

「先約の方がいますので、終わったらお呼びします。呼ばれたら車から降りてテントに来て下さい」

 “先約の方”を乗せてきたと思われる右隣の車を見てみると、運転席と後部座席の間がビニールカーテンで仕切られており、運転手はフェイスシールド、マスク、青い医療用ガウンを着用している。凛々子はそれを見て一言。

「なんか隣の車の運転手、完全武装ですね」

 野々宮はまた不安になった。そして心の中で思った

「俺も完全武装したいよ。もしかしたら俺、感染するかも。そうなったら家族と離れて2週間ホテルで暮らすのかなぁ」

 そうこうしているうちに凛々子が呼ばれた。

 検査用のテントからは20代後半くらいのポッチャリ系の先約の男性が出てきて、完全武装の右隣の車に乗って帰っていった。

 

        後半戦につづく。

 

果たして凛々子は陽性か、陰性か。

そして凛々子のいた職場はどうなるのだろうか。

  

f:id:danhikoichiro:20201207213404j:plain

団彦一郎 開脚の図

 

 
f:id:danhikoichiro:20210417104206p:plainサイトマップ - 定年前にして惑い未だ天命を知らない